≪CADAP≫ 被害予測システム
 
このwebページでは季刊の情報ペーパー「技術情報かわら版」のさらに詳しい内容をご紹介いたします。
 
号外-1 地盤変動影響調査算定要領(案)について
【今回のテーマ】

 事業損失の調査算定要領は公共事業の起業者によって様々ですが、国土交通省が中心となる用地対策連絡協議会(用対連)の調査算定要領が多く採用されています。 

 このたび、中央用地対策連絡協議会より地盤変動影響調査算定要領(案)(以下「新要領案」)が通知されましたが様々な議論があります。

 これについて当研究所なりに考察してみました。(以下はあくまで当研究所の私見です。)

【新要領案の概要】

 新要領案の大きな変更点は、すべての柱と敷居の傾斜測定と、すべての散り切れとすべての建付不良についての損傷調査と写真撮影が追加されたことです。これについては、その他の追加項目も含めて従来の調査工数に比べて約2.5倍程度(1棟弱/1日程度)の工数が掛かるとの調査結果が出ています。この新要領案の変更理由については「従来の調査では訴訟に耐えられない」事が理由のようです。

 

 確かに、これまで建物所有者の申し出に対して苦慮する場合が多く、従前の損傷をすべて記録してあれば十分に抗する事ができ、訴訟に発展するケースも少なくなり、また、仮に訴訟となった場合でも反証が容易となることは十分に理解出来ます。また、調査会社ごとの調査内容のバラツキが大きく「調査内容の質の均一化」を図るためにも、このような方法をとらざるを得ない事も良く理解できます。但し、事業損失調査全般を考えた場合、以下のような問題点があり必ずしも合理的であるとは考えません。


【新要領案の問題点】
(1) 事前調査のために丸1日建物所有者に立ち会ってもらうことは理解と協力が得られない。
(2) 文字通り「すべて」を調査することは、時間的にも実質的にも困難である。
(3)「すべて」を調査する事が原則であれば、それ以外はすべて工事による発生と見なされる。
(4) 仮に事前調査が従来の2.5倍とした場合、予算的な理由から調査件数が削減される可能性や、十分な工期が確保出来ないなどの問題が生じる。

 

 また、これ以外にも、柱や左官壁の無い建物(例えば2×4など)との調査工数の違いをどのように業務費の積算に反映させるのか?外壁の損傷などすべてを調査しない項目もあるなどの疑問もあります。

 特に(1)については、現行でも「あら探しのように損傷ばかり写真を撮っている」と指摘される事が多いですから、そのために丸1日の立ち会いに協力頂く事は、現実の問題として無理があります。

 
被害の申し出に対する対応について

 工事中及び工事後に建物所有者等から被害発生などの申し出を受けた場合、最終的には工事発注者(起業者)が対応せざるを得なく、このためには、工事発注者の責任として、事前調査につては上記のような調査要領にせざるを得ないと考えられたもとの思われます。建物被害の専門ではない工事発注者側の方が、これらのすべてについて対処しようとすれば当然このようなことになるのかもしれません。

 

 建物所有者との対応(工事発注者としての説明責任)は別にしても、被害発生などの申し出に対して、第三者の専門家である補償コンサルタントから適切な対応方法のアドバイスが得られれば、このようなことは回避出来るはずです。しかし実際には「我々の仕事は調査のみが業務範囲」と言って、このような対応を行わない(行えない)業者がいる事も事実ですが・・・

 どうしても立場が対立的になりがちな建物所有者の方との間で、「第三者の専門家の知見」を活用いただければ、問題は比較的スムーズに解決する方向に向かうことも少なくないと考えます。これら第三者機関の検討書(意見書)を基に建物所有者との協議を行い解決した事例は多くあります。→「事例集」(事例集をご覧頂くには利用者登録が必要です)

 

 

訴訟における事業損失調査の取り扱い

 当所では裁判所からの鑑定依頼や私的鑑定などでこれまで幾つもの訴訟に関わってきました。→「鑑定調査のススメ」参照。

 新要領案では写真と言う「物証」に非常に重点を置いていますが、実際の裁判では、あらゆる調査結果や考察などから総合的に検証がなされるので、必ずしも「物証」に重点が置かれているわけではありません。


 現状の問題点は、多くのコンサルタントが被害の判定について損傷の変化のみに頼っていることであり、それ以外の知見を持っていないことにあります。「経年変化と区別出来ない」「事前調査を行っていないので判定が出来ない」などと持ち込まれる事例がかなり多くあります。確かに事前調査はあるに越したことはありませんが、事前調査が無くとも信頼性の高い被害判定を行う方法はいくらでもあります。実際に事前調査の無い案件で「被害無し」の判定結果が最高裁の確定判決を得ています。(近く判例をご紹介致します)


【事業損失調査で重要なこと】
(1) 建物被害は物理的な問題であるので工学的なアプローチであること
(2) 被害や因果関係の判定技術について十分なスキルを有すること
(3) 被害や因果関係の判定までの技法や手法を考慮した調査要領(調査方針)であること
(4) 工学的に裏付けのある根拠性の高い被害判定であること

※具体的にはかわら版でご紹介している技術を活用する事でこれら手法は確立されています。

事前調査の無い場合でも対応出来る手法があります。

まとめ

 幾つかの問題事例のために、事前調査という母数全体で対応する事は不合理と考えます。「すべてを調査しておく」ことは理想的ではありますが、そのための費用は膨大となり、一部の問題事例のために、無駄となるその他に掛けた費用は無視出来ないほどに大きくなります。(ちなみに現行では直接業務委託される場合の一般的な住宅1棟当たりの調査費用は15万円程度ですが、新要領の作業量では35万円程度に相当します。実際の請負工事に含まれる場合には工事費に反映させられるのか疑問が残るところです)

 

 事前調査は能く掛け捨ての保険に例えられますが、保険料が医療費を大きく上回ったり、保険料が高くて加入率が低下してしまうのでは本末転倒です。事前調査は工事後には得られない貴重な資料ですので、これらのコストは他に方法が無ければやむを得ない場合もあります。しかし、物証(写真)以外にも被害や因果関係の判定方法はあるのですから、掛かるコストや効果との均衡を考慮して合理的な方法を講ずるべきです。

 

 具体的には「基本的には建物の従前の状況を総合的に把握する事を目的に、『出来るだけ多くの情報(損傷の測定と写真)を記録する』(「すべて」と断定しない)」こととし、上記の被害や因果関係の判定技術を活用することが最も合理的で現実的且つ効果的と考えます。
 このように物証主義に偏重する事無く、総合的に判断するシステムを構築する事が、事業損失の問題全体を合理的に解決して行く方法と考えます。

 新要領案はあくまで(案)であり各起業者でどのような運用がなされるのかはこれからです。また今後、この要領案自体の見直しの機会もあるかと思います。是非ご一考頂ければと考えます。

追記

時間が経つにつれてこの新要領案への対応状況が明らかになってきていますが、予想通り混乱しています。

現時点での問題のある例を以下に示します。

 

(事例-1)

ある起業者(某県整備局)ではこの新要領案に対応した業務積算基準を改訂しています

この起業者からは(旧)「工損調査等業務積算基準」を廃止して(新)「地盤変動影響調査等業務費積算基準」へと新要領に伴い改訂する旨の資料が出ていますが、積算項目の変更などがほとんどで、調査工数は旧来と何ら変わりなく、上記に示す新要領の内容の変更点については全く反映されていません。各起業者が独自に積算基準を策定する事に問題はありませんが、この新要領案を策定した国交省は下記のようにこの新要領案による作業量を調査していますので、その結果(要領変更に伴う作業量の増加)を反映させた積算基準を策定するべきで、旧来の歩掛工数をそのまま採用することは不適切と考えます。

 

(事例-2)

「調査費用は新要領案に対応した積算がなされている」との誤解

工事に含まれた調査業務において新調査要領に対応した調査を求められ、調査費用について積算根拠を尋ねたところ「新要領案は2年前から公表されているのだからすでにこの要領に対応した積算基準で費用を計上している」との返答がありました。これは明らかな誤解であり、下記のように平成25年度中にこの新要領案による作業量の調査が行われているので、現在、この結果に基づき業務費積算基準の見直し作業中のはずですので、現在発注されている工事には反映されていないことは明らかです。

 

「用地調査等業務に係る所要作業時間実態調査の実施について」

http://shikoku.jcca-net.or.jp/info/2012/130227.pdf

予想していたことですが、このように様々な問題が生じています。今後もこの問題について問題提起をして行く予定ですが、早期に新要領案に対応した業務積算基準の公表と、さらには新要領案の見直しを期待致します。

 

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